2020.10.15

DVDで「ナンシー」を見た。感想にはネタバレがあります。

病気の母親の面倒を見ながら、派遣で働いているナンシー。物書きを目指しているようだが、不採用ばかりが続く。母親は病気からのいらだちなのか元からの気質なのかは分からないが文句が多く、ナンシーに過干渉気味。ナンシーは人と接するとき嘘をつく。ブログで妊娠していると嘘をつき、子どもをなくしたばかりの男性と交流し、妊婦を装って実際に会う。派遣先では北朝鮮に行った嘘をつき、合成した写真を見せて注目を集めようとする。ある日、母親が急逝する。母親の死を悲しんでくれる人も、ナンシーに寄り添ってくれる人もいない。ナンシーは偶然テレビで、30年前に5歳で行方不明になった女の子の特集を目にする。そこに映し出された、CG合成で作成した現在の彼女の顔。それが自分に似ていたため、ナンシーは彼女の両親に、「私が行方不明になった娘かもしれない」と連絡をとる。夫のレイは半信半疑だが、妻のエレンは喜んで迎い入れてくれる。

ナンシーは自分が本当に行方不明になった娘だと信じていたのだろうか。夫妻に話したことのどこまでが本当で、何が嘘だったのか。ナンシーは夫妻に連絡を取る前、自分の出生証明書がないことを確認する。自分が嘘をついて夫妻をだまそうとするなら、ないことを確認するのではなく、あるものをなかったことにするだろう。また、DNA検査も理屈をこねて先延ばしにするだろうと思うが、ナンシーはあっさり受け入れる。検査結果が出たら終わりなのに、その間に偽装工作でもするのとか思ってしまう。パッケージの印象から、ナンシーが夫妻の人の好さやさみしさに付け込んでだまし、家を乗っ取る話かと思い込んでいたが、違った。

ナンシーは信じたかったのだ。今までの自分の人生が上手くいっていなかったのは誘拐という事件があって偽の母親に育てられていたからだ。本当の両親に会って、本当の自分として生きていけばきっとうまくいくと。ナンシーは人生をやり直したかったのだ。

エレンはナンシーが書いたものを見せてほしいと言い、読んでほめてくれる。必要なら編集者を紹介してもいいとまで言ってくれる。それをお世辞じゃないか、本気なのか確認するナンシーがいじらしい。実母は文句をつけてばかりで、出版社か編集者からかのお断りの手紙を見ても、励ましも慰めもしなかった。ただお前には才能がないといわんばかりに責めるだけ。エレンはナンシーにとって、こんな母親だったらよかったなを体現している存在なのかもしれない。優しく知的な両親、きれいで広い家、おいしい手料理、実家とは正反対の生活。

最初は硬かったレイの態度も次第に柔らかくなっていく。散歩に出かけたナンシーとエレンは、救急車を呼んでほしいと慌てて駆けてくる男性に遭遇する。一緒に狩りに来ていた友人が、誤って足を銃で撃ってしまったのだ。倒れている男性を前に固まるエレン。しかし、ナンシーは着ていたコートを彼にかけてやり、止血をして、友人に意識を失わせないよう彼の名前を呼ぶように指示する。これは、びっくりした。今までのナンシーからは考えらない行動だった。その日の夕食の席で、エレンは誇らしげにナンシーの行動をレイに伝える。ナンシーは、2人隠していたことがあると、改まって何かを伝えようとするが、エレンが「苦労してきたのよね」と言い、結局ナンシーは何も言えないまま席を立つ。その夜、ナンシーは2人に黙って家を出る。その様子を窓から見ているエレン。ナンシーは涙を流して、運転を続ける。

実は散歩に行く前に、エレンは検査の結果の電話を受けていて、それをナンシーは立ち聞きしていたのだ。結果は親子関係にないということだったのだろう。自分から告白しようとしたナンシーを、エレンがとめたことは、もしかしたら、エレンは嘘でもこの関係を望んでいるということなのかもしれない。そうかもしれないと、ナンシーは思ったうえで家を出たのだ。今まで嘘をついてでしか人と関われなかったのに、嘘でエレンと、レオと繋がりたくなかったんだろうと思った。エレンの涙は喜びとかなしみの涙だった想像する。自分が嘘じゃない関係を持ちたいと思える人に出会えたこと、そして、その人たちと別れなければならないこと。いい映画だった。監督・脚本はクリステーィナ・チョー。覚えておこう。