2021.2.7

念入りに殺された男を読んだ。感想にはネタバレがあります。一部、春にして君を離れのネタバレもあります。

主人公のアレックスは、夫、娘2人と暮らし、田舎でペンションを営んでいる。アレックスは過去に作家を目指して挫折、精神のバランスを崩し、精神病院に入院していた。アレックスのペンションに、有名作家のシャルル・ベリエがお忍びでやってくる。アレックスも夫のアントワーヌもベリエの人柄に惹かれるが、ある夜、ベリエはアレックスをレイプしようとする。抵抗したアレックスは勢いでベリエを殺してしまう。今の幸せな生活を守るため、アレックスはベリエの秘書、レオとしてパリへ乗り込み、ベリエを殺してくれそうな別の犯人を捜し出す。

読んでいて思い出したのが、アガサ・クリスティーの「春にして君を離れ」。ストーリーは全然似ていないけど、春にしては、主人公のジョーンは、今まで自分は家族のために尽くしてきて、夫も子供も幸せだと思ってきたけど、旅先で偶然会った知り合いからの一言で、今までの人生に疑問を覚える。旅先で足止めされて、時間がたっぷりある中で、主人公は過去や自分自身と向き合いはじめる。アレックスは作家になれなかったという挫折はあるものの、現在は夫と子どもにも恵まれ幸せに暮らしている。しかし、犯人候補を探す中で、自分の意外な一面に気が付く。アレックスは、ベリエが生きていると思わせるために、彼に成り代わってSNSに書き込みをする。ベリエは女性蔑視が激しい男なので、そういった差別的な発言を繰り返す。周りの人からのメールにもベリエとして返信をするので、皮肉をきかせたり、思いやりのない返信をする。そうしているうちに、自分の中の残虐性に気がついていく。

アレックスは過去に精神のバランスを崩していたからか、人とうまく接することができない。生活の中のそいうった場面は全部夫のアントワーヌが対処していたとう設定なんだけど、パリに来てからはそんなこと言ってられないので、レオとして積極的に人と会って行く。その中で、自分結構できるんだと自信をつけていく。特に、ベリエの愛人に何度か会って話をしていくうちに、親しみを覚え、自分には今まで女友達がいなかったけど、初めて女友達をほしいと思う場面が印象的で、なぜ女友達を必要としなかったかというと、アントワーヌがいたからだと気が付く。彼がいれば十分と思っていたが、それは別の視点から見れば、彼に依存していたということだ。自信をつけ、自分の別の一面に気が付いたアレックスは、アントワーヌの元へ帰れば、元の自分に戻ってしまうかもしれないという、懸念を抱くようになる。

アレックスは無事にベリエを再び殺した後、どういう選択をするのかなって部分で、「春にして君を離れを」思い出したのだ。結論から言うと、アレックスは田舎に帰る。しかし、帰った後の描写は少なく、元通りの生活を送っているのか、家族とはうまくいっているのか、そのあたりは分からない。解説によると、作者は続編を執筆中だというので、続編を意識した終わりになっているのかもしれない。解説に、本国フランスではストーリー重視というよりは、どちらかといえば奇抜なアイデアの作品が好まれるとあるように、ストーリーは正直あんまりうまくないと思う。

今まで幸せだと思っていたものが、実は違ったのかもしれないと気が付いたとき、中年はやり直すのだろうか。個人的には春にしてのラスト、もっと若い時に読んでいたら感想変わっていたと思うけど、気が付いても日常の続きを生きていく一種の諦めとでもいうのか、そのラストが納得というか、ああ、そうだよなってなった。でも、アレックスがそれまでの自分のことを「周縁の女」と表現するのが気になって、こっちの作品からは知ってしまったらもう戻れないという感じを受けるので、続編はアレックスかなり混乱というか、家族のもとに戻ったはいいけど、やっぱりレオとしての人生も諦められないという展開ではと予想。読むかどうかは別。

アレックスが行動を起こしたのは家族のためだったんだけど、この作品の中でアレックスの家族の印象が薄い。夫も子供も優しくいい人柄。最初の方こそ殺人がばれたら子どもがかわいそうと心配はするが、途中から家族を思い出すことがなくなる。完全に家族のことどっかいっちゃって、アレックス個人の物語となる。女の人生は家族だけじゃないって話は好きだけど、物語始まりのアレックスの性格から考えるとちょっと意外だった。あとは、夫はあの説明でよく引き下がったなって思ってしまう。