2021.3.10

「チャンシルさんには福が多いね」を見た。感想にはネタバレがあります。

40歳のチャンシルさんは映画プロデューサー。長年仕事をしてきた監督が急逝してしまい、失業。節約のために辺鄙な所へ引っ越し、お金が必要だから自分を慕ってくれた女優、ソフィーの家で家政婦をするチャンシル。そこにフランス語の先生のキムが現れる。仕事も失って、気が付けば独身、子供なし。これは恋のチャンスではと思ったチャンシルさんの前に、なぜかレスリー・チャンそっくりの幽霊が現れる。

小林聡美さんが出てそうな、スールキートス系の映画に雰囲気似ていながら見ていて、スールキートス系には苦手意識あるから最初はこの映画好みじゃないかもっておもったけど、いい作品だった。何が違ったんだろう。

一気にこの作品に惹かれたシーンがある。試写会に行ったソフィーの家で夕食にチゲを作っているチャンシル。そこに酔っ払ったソフィーを連れてかつての仕事仲間(全員年下)が一緒に帰ってくる。慌てて隠れようとするが、隠れようがないと分かったチャンシルは、椅子に座って彼らを出迎える。仕事仲間の「もしかして夕食作ってたの」という声が聞こえる気まずい中、笑顔で「もうご飯は食べた?」と聞くチャンシル。情けなさと、恥ずかしさと、でもそんなこと思っているなんてこと絶対に悟られたくない意地とプライド(でもばればれ)。そこでチャンシルが選んだ態度が「もうご飯は食べた?」だったのだ。この居たたまれなさが、よかった。違いはこれかも。

短編映画の監督だという、フランス語の先生のキムとご飯に行って、映画の趣味が違って気まずくなるシーンもよかった。小津が好きなチャンシルさんと、ノーランが好きなキム。香港映画も好きですと言うキムの言葉に、そういえば自分も香港映画が好きだった、レスリー・チャンが好きだったと思い出すチャンシル。そしたら、家に帰るとレスリー・チャンに寄せている幽霊が現れる。それまでも2回、ちょろっと画面には映るんだけど、チャンシルは気が付かない。小津のように日常を丁寧に書いた作品も好きだけど、エンタメ感あふれる香港映画も好きだったと思い出して、初めてレスリー・チャンに寄せている幽霊に気が付くという展開がいい。ちなみに、愛の不時着の耳野郎だった。あと、大家さん役が秘密の森でペ・ドゥナと暮らす被害者の祖母役の人だった。しかも「MINARI」にも出演しているらしい。こちらも楽しみ。

脱線したけど、チャンシルは映画の趣味は合わなかったけど、キムに好意を感じる。幽霊に相談すると、自分は何がしたいのか考えた方がいいと言われる。幽霊との会話は、全て自分との対話なんだよね。そこでチャンシルの取った行動は、映画関係の書籍を処分して、キムに告白。しかし、姉のように慕っているだけど振られてしまう(キムは35歳)。失恋して泣くチャンシルは、こう言う「寂しさを愛と勘違いしていた」と。そして、大家さんの亡くなった娘が載っていたカセットデッキにカセットテープが入っているのに気が付き、何気なく再生してみると、映画好きだった娘さんが録音していた映画を紹介する番組が流れる。「ジプシーのとき」という映画のタイトルを聞き、チャンシルは、この映画を見て映画を作る仕事に就こうと思ったことを思い出す。そして台本を書き始めるチャンシル。何がしたいのか分かったら、幽霊は消える。小津→香港映画→ジプシーのとき、と自分が映画を好きになった原点へと返りながら、自分はやっぱり映画が作りたいと気が付く過程がいい。そのきっかけが、レスリー・チャンなのもいい。私だったら、アロハシャツを着たレオなのかなと思って、笑った。

ソフィーとキム、引っ越しを手伝ってくれた後輩たちがチャンシルを訪ねてくるが、部屋の電気が切れている。買い置きがないので、暗い中皆で買いに行く。懐中電灯を持ったチャンシルが、一番後ろからみんなの足下を照らして、先に行かせる。先頭に立ってみんなを導いていくのではなく、一番後ろから足下を照らすというのが、チャンシルらしいなと思った。監督が亡くなった後、一緒に仕事をしたことがある社長と会うシーンで、その社長はチャンシルに仕事を回せないと言う。あの監督が素晴らしいのであって、あなたでなくてもよかった、あなたは現場で雑用ばかりしていたじゃないと言う。PDの仕事をよく知らないけど、この言い方はあんまりではと思ったら、パンフレットで同じ仕事をしている人が、PDの仕事は様々多岐にわたるが、多くは現場が始まる前に調整をしていて、実際現場で雑用しかしていないように見えるのなら、それは現場が順調に進んでいるということ書いていた。じゃあ、チャンシルはいいPDだったんじゃん。そして、パンフレットでは続けて、監督をするのかもしれないけど、チャンシルの性格だとまたPDを引き受けそうだって書いていて、この懐中電灯のシーン見て、同じこと思ったのを思い出した。でも、監督はあのシーンを、チャンシルがPDという職業に別れを告げるという意図で撮ったと言っていた。でも、チャンシルって後輩とかが困ってたら、助けて結局PDやってそう。