2021.3.16

「わたしの叔父さん」を見た。感想にはネタバレがあります。

デンマークの田舎でクリスは叔父と酪農農家を営んでいる。朝早起きして、体の不自由な叔父を起こし、着替えを手伝う。朝食は叔父がパン、クリスがシリアル。叔父はテレビを見ながら、クリスはナンプレを解きながら食べる。牛の世話、作物の刈り取り、機械の掃除、いつもの仕事を終えたら夕食。食後は2人でゲームをしたり、お茶を飲みながらテレビを見る。2人の変わらない日常。しかし、クリスはかつて獣医になる夢があり、再びその夢を抱くようになる。

開始10分くらいは会話もなく、ナレーションもなく、2人の生活が淡々と描かれる。不思議と退屈することなく見られる。会話がなくても成り立つ、2人の生活。それまで当たり前のように繰り返されてきた日常が表現されている。ある日、生まれたばかりの牛の調子が悪く、クリスは昔使っていた獣医の教科書を引っ張り出してきて調べる。それをきっかけに、牛を診てくれた獣医の助手をすることになる。クリスは14歳の時に父親が息子(クリスの兄か弟)の後を追って自殺、すでに母親はなく、叔父に引き取られる。獣医を目指し、大学に合格するも叔父が倒れてしまい、体の不自由な叔父を手伝って酪農農家で働く。クリスの過去が、背負っているものが重すぎて、心配になる。こんな風に穏やかに日常を過ごせるということは、叔父さんや周りのケアが手厚かったのだろうか。獣医の夢を再び抱くようになったクリスは、叔父さんに最初は隠していたけど、獣医の手伝いをすることは打ち明けるし、叔父さんも反対することはなく、朝は自分で起きてきたり、リハビリを始めたり、応援してくれる。ただ、クリスは獣医の手伝いをすることや、教会で出会った男性と食事に行くことを、叔父さんに話すが、叔父さんが返事をしないと、やっぱり行かないと言い出す。顔色をうかがうような態度なのが気になる。叔父さんもすぐに返事をせず、クリスが撤回するのを聞いてから、行くように言うのが気になる。2人とも、このままではいられないと分かっていて、でもその選択がいいのか、迷っているようだ。叔父さんがクリスの最初のデートについてくるシーンは、叔父さんの現れ方が絶妙で笑いを誘うんだけど、これも2人の迷いが表れているように思った。

獣医の大学での講演を聞くのに、クリスが2泊の予定でコペンハーゲンへ行くことになる。叔父さんは大丈夫だと言うが、クリスは心配でたまらない。講演が始める前に叔父さんに電話をかけるがつながらず、不安になったクリスは獣医の妻に様子を見に行ってもらう。叔父さんは転んで意識を失っていた。すぐに地元に戻ったクリスは、おじさんの病室に、日常を持ち込む。トースターから皿からゲームも持ち込み、家で過ごしていたように同じメニューを作り、ナンプレを解きながらご飯を食べる。必死でそれまでの日常を取り戻そうとしているように見える。叔父さんはそれに対して何も言わない。退院しても、同じ日常を繰り返し、叔父さんのリハビリもクリスが手伝うようになる。教会で出会った男性が訪ねてくるが、クリスはとんでもない方法で追い返すし(この態度は失礼だよ)、クリスがコペンハーゲンに置きっぱなしにした旅行の荷物を届けてくれた獣医にも、会わないように避ける。獣医がクリスを探しに牛舎へ行っている間に、車に借りていた獣医の本を置き、荷物を取って、隠れる。獣医は診察にも来るから避け続けるなんて無理だろうに、クリスの態度は頑ななまでに叔父さんと2人の生活を守ろうとしているように思える。子どもの頃に家族を失ったことが、もう失いたいたくないとの思いから、クリスにそうさせるのだろうか。と同時に、獣医を避けることで、自分の獣医への夢を断ち切ろうとしているようにも見える。

いつものように朝食をとっていると、テレビが壊れてしまう。叔父さんが叩いて直そうとするが、テレビは映らない。テレビの音がなくなり、急に訪れた静寂の中、お互いの顔を見つめ合う2人の表情で映画は終わる。

家のために夢を諦めた人物が主人公だと、夢を諦めきれない主人公と、最初は反対するけど、主人公の熱意にほだされて許す家族か、健気に家族のために頑張る主人公の行動をいいこと書くのが定番な気がするけど、この話はそうはならず、主人公は夢を叶えたいけど叔父さんも心配で、叔父さんも応援したいけど自分の将来も心配でと、お互いが相手を思いやる気持ちと、自分の正直な気持ちで迷っていて、揺れていて、その表現がいいと思った。ラストの2人は何を思ったんだろうと考える。いつもの日常、テレビを見ながらの朝食が突然なくなってしまう。それはクリスがどんなに頑張って元の生活を取り戻そうとしても、突然来る。さあ、どうすると映画は突き付ける。2人はどうするんだろう。

デンマークでは、一度働いた人が会社辞めて大学入りなおしたりということが珍しいことではなく、大学で学ぶ人の年齢層が多彩らしい。クリスは27歳だけど、叔父さんのことで学びなおすことを悩むことはあったけど、年齢のことで悩まなくていいのは、うらやましいなと思った。