2021.6.18

「イーディ、83歳 はじめての山登り」を見た。感想にはネタバレがあります。

30年夫の介護をしたきたイーディ。夫が亡くなると、娘がイーディを施設に入れようとする。渋々引っ越しのため荷物を片付けるイーディ。その途中、娘がイーディの日記を見つける。その中には家族の世話をすることに疲れている彼女の心中が書かれていた。それが原因で娘とけんかしてしまう。行きつけの店で、追加オーダーを頼んだイーディ。「もう遅すぎる?」「何事も遅すぎることなんてないさ」という店員の言葉で、イーディは長年の夢だったスイルベン山に登ることを決める。

最初のカットが、備え付けの電動椅子で階段を下りてくる夫、それを階段の下で待つイーディなんだけど、この時のイーディは夫の方を見ることもなく、うつむいてうんざりしたような顔をしている。これでイーディがどれだけ介護に疲れているかが伝わってくる強烈な出だしだった。でも、彼女が疲れていたのは介護だけではなかった。娘とのけんかの中で、夫のモラハラぶりが明かされ、ただ義務で介護と子育てをしていたとぶちまける。子どもの頃からやんちゃで父親と自然に親しみ、旅が好きだったイーディだが、結婚してからは夫が旅が嫌いという理由で行けなくなり、夫が彼女の父親が来るのを嫌がるため父との交流も途絶えた。スイルベン山はいつか2人で登ろうと父親と約束していた山なのだ。

山のあるスコットランドで、イーディは登山用品店に勤めるジョニーと知り合い、彼から登山のトレーニングを受けることにする。ジョニーの店で登山用具を買いそろえるんだけど、2,3日の登山でそんなにはいらないだろうと言うくらい買うイーディ。最新のアウトドア用品や、カラフルな登山用の上着。そして、最初に目に留まった赤のマウンテンパーカー。イーディは全身地味な色の服を着ている。バックも靴も帽子も似たような色で、古く、持ってきたアウトドアのコンロも、やかんも古びたもの。夫がイーディを監視し、ほしいものも無駄遣いだといって買えなかった。その憂さを晴らすようにばんばん買って、満足そうなイーディ。

いざ、トレーニングが始まると、イーディの頑固さや口の悪さがいかんなく発揮され、ジョニーは「嫌なばあさんだ」とつぶやく。イーディは言われた言い返すし、本当に頑固だし、この性格でよく30年の介護、もっと長い結婚生活を耐えてきたなと思った。最初はトレーニング代目当てで引き受けたジョニーだけど、一緒に過ごすうちに心を開くようになる。彼は元々自然の中で過ごすことが好きだったが、登山用品店で仕事をするようになってからは売り上げや数字に追われることにうんざりしている。しかも、彼女が融資を申し込んで、店を拡大しようとしていることに反対しているが、それを言えないまま、話がすすんでしまっている。イーディは一度登山を諦めて帰ろうとするんだけど、ジョニーが思いとどまらせて、登ることを決意する。でも、登山当日、イーディは、一人で登ると言い出す。ジョニーは危険だから一緒に上ると説得するがイーディはきかず、一人で登り始める。イーディは「これは私の登山だから」と言う。地元を早く出ればよかったと後悔しているジョニー、融資に反対してるジョニー、彼女にそれを言えないジョニー。ジョニーはジョニーで問題を抱えていて、それは自分でなんとかしないとならないよ、私は私で、自分の山を登るように、あなたはあなたの山を登りなさいというメッセージのように受け取ったんだけど、83歳の登山初心者を一人で登らせるのはよくない。

途中、雨が降ってきてしまい、イーディは何とか山小屋に避難する。同じころ、電話がつながらなくて心配になったジョニーも山を目指す。イーディは山小屋で暖炉の火に当たり、山小屋の持ち主らしき男性にご飯をもらう。目が覚めると、そこは雨漏りのする山小屋で、男性の姿もない。あれは、イーディの夢で、お父さんの姿だったのかな。スコットランドに着いてすぐ、ホテルに行くと手違いで部屋が取れていないということがあった。ジョニーの家に一泊させてもらい、翌日、イーディはホテルをキャンセルしようとする。しかし、その時ロビーに座る、一人の男性の姿を目にする。その男性は鼻からチューブで酸素を入れていて、傍らには酸素ボンベがある。近くに座る楽しそうな人たちとは対照的に、ぐったりとした様子で座っている。それを見て、イーディは予約のキャンセルを思い直す。この時は分からなかったけど、この男性はお父さんだったのかなと思った。

再び山を登り始めたイーディだが、山頂も目前で力尽きで倒れてしまう。そこにジョニーが助けに来て、もう諦めようと言うが、イーディは、こんなに楽しかったことは結婚して以来なかった、ずっと人生をやり直したいと思っていた、私は人生を無駄にしてしまった、ジョニーにはそうなってほしくないと伝える。こういう場合、大変だったけどいい人生だったって、苦労を美談にしたり、夫も実は優しかったっていい人のように語ることが多いけど、無駄だったと言わせる脚本がいい。転職活動で、数年、数ヶ月の空白を、有意義に過ごしていたとアピールしなければならない世の中で、30年の介護、それ以上の結婚生活を無駄だったと認めることは辛いことだと思う。

これからは頑固で口が悪くて、赤いワンピースきて、赤い口紅つけて、そうやってイーディには過ごしてほしい。