2021.7.11

「82年生まれ、キム・ジヨン」を見た。感想にはネタバレがあります。

ジヨンは、夫と2歳の娘と3人暮らし。夫の実家への帰省中、ジヨンは突然義母に「奥さん、私の娘も実家に帰して下さいよ」と語り掛ける。女性の生きづらさを書いて大ヒットした本の映画化。

私も原作読んだ。映画は原作とは真逆の作品になっている。原作は、夫以外の男性の名前が出てこなくて、夫も影が薄い。淡々とした文章は、ラストでジヨンが精神科医に話していた作りだと分かり、ずっと話を聞いていた精神科医(男性)ですら理解していなかったという絶望が書かれている。小説だからできる表現を楽しめた作品だったが、それをどう映像化するのかと思っていたら、夫はコン・ユでめちゃめちゃ存在感あるし、精神科医は女性で、ラストは辛いこともあるけど理解ある夫と協力して頑張っていこうみたいに終わった。これは、キム・ジヨンを映像化する意味があったのか。夫の苦悩を書いたことと、希望を書いたラストがこの作品を平凡なものにしていると思う。夫の苦悩は分かるよ、突然妻が憑依したら、そりゃ大変だよ。でも、「突然」って書いたけど、本当に突然かな。夫は、一見理解のあるような物言いをする。夫の実家への帰省にジヨンが気が進まないのが分かっているのでやめようと言うが、それは今までジヨンが言ってきたことで、聞く耳を持たなかったのは夫だ。ジヨンが義母からの早く子供を作れというプレッシャーに悩んでいる時は、じゃあそう言われないように早く作ろうとのたまう。子どもを持ったら女性の人生は変わる。ジヨンは仕事が好きだが、子どもがいると大変なことはチーム長を通して書かれている。だから悩んでいるのに夫は早く作ろうとしか言わない。このシーンではコン・ユが甘えた感じでベッドの上のジヨンに迫り、夫の言動をかわいらしいものとして描いている。ジヨンもかわいらしいものとして受け入れるように困った顔で微笑む。後半、精神科医に行ったというジヨンの話を夫が泣きながら聞くというシーンがある。この時ジヨンは夫の手を握る。結局男の甘え辛さを女が受け入れるという構図になっている。泣きたいのはジヨンだよ。

「ママ虫」という言葉が原作でも映画でも出てくる。「ママ虫」とは、夫の稼ぎに寄生して楽をしている(ように見える)主婦を指す悪口。原作ではこれを言われたことがきっかけでジヨンは精神的に追い詰められていく。映画ではまず、最初の方で公園のベンチで娘をあやしながらコーヒーを飲んでいるジヨンを見た数人のスーツ姿の男女が、気楽でいいな、俺も結婚しようかなとふざけて言うシーンがある。そして、終わりの方でたぶん同じ人たちが、混んでいるカフェで会計中のジヨンの少し後ろで並んでいる。ジヨンがコーヒーを受け取ると、足元で娘がぐずり、ジヨンはコーヒーをこぼしてしまう。ここで迷惑に思った彼らがジヨンに「ママ虫」と言う。ジヨンは、私のことを何も知らないのにどうして決めつけるのかと言い返す。最初のシーンとの対比で、ジヨンが強くなったことを表したいのかもしれないが、当事者にそこまで背負わせるなと思った。別に強くならなくていいじゃん。「ママ虫」というのは言われた相手を深く傷つける言葉だ。原作では言葉の持つ残酷さとそれを人にむけることへの批判が読み取れるが、映画では強さを書くためにそこが薄れてしまった印象。やるなら、両方のシーンで「ママ虫」を使った方がよかったのでは。でも、ジヨンにだけ強さや変化を求めるのはやっぱり間違ってる。ジヨンをこれ以上追い詰めないでほしい。

学生時代のジヨンを痴漢から守ってくれる女性がいる。映画「はちどり」では、ウニを診察した医師が、ウニが暴力を受けていることに気が付き、診断書の話をしてくれる。こういう大人になりたい。