2022.2.4

大切なことは自分が何をしたいか分かっていることだって、確かにそうなんだろうけど、それだけ分かってもさあ、どうなるの。一時期は、やりたいことが分かればこの状況から抜け出せるかもと思っていた。転職でやった自己分析とかで。でも転職は全滅で、結局やりたいことは分かんなかった。転職活動している時に、自分がどういう働き方をしたいか、大人数と働くか少人数がいいかとか、結果が見える仕事がいいかとか、考えた方がいいと言われて、考えたけど、そもそも選べる立場になかった。今日、というか最近愚痴っぽいな。将来のために勉強したほうがいいのは、分かっている。実際にできている人がうらやましくもある。で、最近だとプログラミングをやったんだけど、続かなかった。将来のためには続けた方がいいんだろうけど、努力ができなかった。

「村に火をつけ、白痴になれ」おもしろかった。栗原さんの癖のある文章が、私には読みやすくて、野枝がいきいきと感じられた。折り合いの悪い実家でも、子ども連れて行けば面倒見てくれるだろうって実行したり、迷惑かけたけど叔父さんにお金欲しいって言えちゃう、そういう図太さがよかった。同時進行で読んでいたのが、「問題の女 本荘幽蘭伝」。帯の宣伝文句が強烈で読みたくなった。「転職50回以上、50人近い夫と120人以上の交際相手を持ち、日本列島、中国大陸、台湾、朝鮮半島、東南アジアに神出鬼没、明治・大正・昭和を駆け抜けた毛断(モダン)ガールの本家本元。」ね、強烈でしょ。幽蘭も野枝も、家が勝手に結婚を決めちゃうんだよね。野枝は反発して家を出て東京に行き、幽蘭は子どもをおろすことになり、それが原因で精神病院に入院させられる。最初は強烈と思った幽蘭の人生も、家によって父親によって狂わされたんだ、かわいそうだななんて思ってしまった。失礼だった。もちろん父親のやったことはひどいことなんだけど、彼女の人生はそれだけで決まったわけではない。彼女は自分の人生を生きたんだと思う。何というか、懲りない人。おんなじ失敗繰り返しても、慎重な自分からしたら考えられない行動も選択も、ばんばんやって、図太く生きた。幽蘭は、今では知られていないけど、明治や大正時代にはさかんに新聞や雑誌でその動向が追われていたらしい。まとまった資料があるわけではないので、その新聞や雑誌を丹念に拾って、幽蘭の人間関係から情報を追って、中国などの新聞も確認してと、著者の根気のいる取材によって書かれた本だった。巻末の参考資料が膨大。著者がところどころに挟む幽蘭の生き方への感想が、めちゃめちゃ幽蘭愛に溢れていてる。で、図太さですよ、わがままですよ。野枝も幽蘭もやりたいと思ったらやって、今よりも女性は結婚して子どもを産んで家族を支えるべきという風潮が強い中で、わがままに生きて、世間からばんばん叩かれた。頼れるものは頼って、使えるものは使って、図太く生きた。考えすぎて動けないでいる自分も、もう少し楽に生きてもいいんじゃないかと思えた。図太くは、生きられない。気にしいだから。でもさ、特に幽蘭みたいに、歴史に名前を残したわけでもない女が、自由に図太く生き抜いたと知ったら、元気になった。

近所に韓国料理のお店があるのを発見して、行ってみようかな、テイクアウトはやってるかなって検索したら、休業中だった。今回はお気に入りのカフェが休業しないみたい。週末は病院に行くから近くまで行くんだけど、この感染状況でカフェはどうしよう。本屋だけにしようかな。あと、こないだ美容室行ったときに結局洋服見に行かないで帰ってきちゃったから、今回は行こうかな。年末に大掃除して、数年はいてだるだるになったカラータイツを全部処分してしまった。いつもは新しいの買ってから処分するんだけど、でかけないし、まあいいかと捨ててしまって、その後でかけないから買いにも行けなくて、買っていないまま。ああ、しまった、スカートが履けない。黒タイツはあるけど、黒は身に付けたくないというなぞのこだわりが。会社はまさかカラータイツ履いて行ける職場じゃないから黒履いてるけど、私服は黒なしで通したい。美容室行ったときと同じ格好でいいかな。ズボンだと黒履いても隠れちゃうからね、いいの。