2022.2.7

図書館の仕事のコーナーで落ち込んで、それを引きずっている。分かっているならやればいいというのはまっとうな意見なんだけど、分かっててもできないのよ。何をしていいか分からない。おんなじことの繰り返し。そういえば、図書館行く前からこのことで落ち込んでるよね。思い出した、「LIFE SHIFT」きかっけだ。「LIFE SHIFT」で書かれる生き方だけが全てじゃないのは分かってるんだけど、でも、そうしないと年取ったら働けないんだろうなというのも事実だと思う。働きたくないけど、働かないと生きていかれない。分かっているならと、繰り返す。分かっているのは、働かないと生きていかれないということで、何をしていいかは分かんない。

「怪物」見終わって、「THIS IS US」を見始めた。見始める前に、久々に映画を見ようかなといろいろ探したけど、見たいものが多すぎて選べなかった。「THIS IS US」は、コロナが存在する設定で、BlackLifeisMatterのことも書いていて、脚本大変そうと思った。「THIS IS US」は、生活と社会を切り離せないものとして書いている。

今週末は3連休。それだけを支えに働く。また図書館に行こう。動揺するから仕事のコーナーには行かないようにしよう。興味のあるコーナーだけ見ていよう。行けるようになったら行けばいいし、なんなら一生行かなくたっていい。そうやって諦められたらどんなにいいだろう。悩んでいたって仕方ないんだけどね。ただ、慣れてしまうのも怖い。変なの。悩んだってしかたがないし、悩まに方が楽になれるかもしれないのに、悩まなければ悩まないで、そのことが怖い。それは、ずっとこのままでいると決めたことになりそうで。結局、悩むことで自分を保ててるのかもしれないね。そうしないと自分を守れないのかもしれない。こんなはずじゃなかったこんなはずじゃなかったって。そう思っているうちはこんなはずの現実を受け入れなくて済む。受け入れようが受け入れまいが、現実は現実なのに。くだらない、みっともない、ばかみたい。どうしたらいいか分かったところで、そうするんだろうか。きっと、理由をつけてしないだろう。自分にはできないから、前に失敗したから、うまくいくはずないから、意味ないから。どうしたいんだろうね。自分ができないことを、失敗したのに、それでもできないことを認めたくないのかもしれない。結論付ないと気が済まないのか。できないならできない、したくないならしたくない、分からないなら分からないでいいのに。

もし映画館が一席空きになってるなら、週末、久々に映画見に行こうかな。まだ「ヴェノム」も「スパイダーマン」も見ていない。調べたら「ヴェノム」は上映が終わっていた。今上映しているの全部見たことないから、見たい候補作が多すぎる。でも、一席空けての予約になっていなかったから、やめよう。また、気になる作品のパンフレットだけ買ってこよう。

「むらさきのスカートの女」を読んだ。今村夏子さんと村田沙耶香さんの作品って、印象がかぶる。いや、それぞれ2作品しか読んだことないけど、その狭い範囲でね。むらさきのスカートの女と黄色のカーディガンの女は2人ともいたのか、どちらかはいないのか、結局分からないまま。2人いたとしても疑問が残ることがあるし、でも、どちらかしかいないとしても疑問が残る。ただ、黄色のカーディガンの女は、むらさきのスカートの女のように生きて見たかったのかなとは思った。そう考えると、叶ったのかな。

「鎌倉殿の13人」の初回で、頼朝が北条家にいると知った時政が、3日だけだって言って、頼朝をかくまう気がなかったのに、その回の終わりでは、頼朝をかくまう気になってて、なんで気が変わったんだろう、そんなきっかけあったかなと考えても分かんなかったんだけど、5回目見て分かった。気が変わったというより、もう成り行き上かくまうしかなくて、それならそれかくまって挙兵もするけど、まずくなったら頼朝の首を持っていけばいいと考えていたんだ。北条が生き残れれば、頼朝だろうと、伊東だろうと、どっちでもいいんだね。宗時も頼朝に心酔しているように見えてたけど、実はそうじゃなかったし、怖いと思ったけど、この時代を生き残っていくには、このくらいじゃないとやっていけないのね。腹の内は見せてはいけない。特に時政なんか、さらっと言ったからね。さすが。