2022.2.11

放送大学、文学か歴史をどちらか1つにして、ついていけるか心配なやつと2つにしようかな。それとも3ついっちゃう?前回も気になっていた韓国語もやりたいし、英語もやり直したい。全部は無理。前回は自分の興味のあるコースしか見てなかったんだけど、他のコースにも面白そうな授業を見つけてしまった。でも、1度やってみて、3つがちょうどいいかもしれない。やっても4つまで。がっつり勉強したい気持ちと、趣味は諦められない気持ちと、両方あって、趣味が勝ってしまう。あ、でもやるならコロナで出かけられない今のうちだよな。旅行も行けないし、映画館にも行けない。でかけても用事だけ済ませて帰ってきているから、時間がある。4つ履修したらしたでやりそうな気はするけど。慎重で心配性だったから、自分の限界がこことおもうとこより、手前に線を引く癖がある。今回も3は手前だから、4は行けると思う。でも、その手前に引いた分の時間とか精神的にとか余裕があるから、できるということもある。つまり、今回も3かな。2じゃ、せっかく入学したのにもったいない。履修登録までまだ時間あるし、ネットでできるから、もう少し悩もう。

図書館で「誰も教えてくれなかった子どもがいない女の生き方」というタイトルの本を見つけて読んでみた。全部は読めてないけど、子どもを望んだのに、様々な事情があって子どもを産むことができなかった女性のインタビューが載っている。男性のインタビューも載っているようだ。途中まで読んで、どうも他人事として読んでいる気が拭えなかった。タイトルを見たときは、自分は子どもがいないし今後の生き方とか、老後の生き方とかのヒントになればと思って手に取ったんだけど、本書は子どもを望んだけどできなかった女性の葛藤とか、気持ちにどう折り合いをつけたかとかの本なので、私が求めたヒントはなかった。ヒントを求めたり共感するだけが読み方の全てではないけど、この時は読むのを途中でやめた。読みながら、自分は子どもが欲しいと思ったことは実はなかったのかもしれないと改めて思った。周りがそうだったから自分もいつか結婚して子どもを産むものだと思っていた。深く考えることなく婚活したりしていた。幸いうまくいかなかったけど。婚活をすることもなく、友達からの紹介もなくなってしばらく経った、30後半の時、子宮内膜症になった。今通院しているのはこれのため。治療の説明を受けている中で、薬で生理を止める方法があって、それだと妊娠ができないと言われた。そうりゃそうだ。妊娠の予定はありますかと聞かれた。ありませんと言った。もし今後妊娠を望むなら相談してくださいと言われた。そして、もし妊娠を望む時に薬を止めて生理が再開したとしても、その間に年齢を重ねていれば妊娠の確率は低くなりますみたいなことを言われた。妊娠するつもりないので問題ないですと言った。妊娠できないかもしれないとショックを受けたり、焦ったりということがなかった。その時、自分は子どもを欲しいと思っていないんだとわかった。独身で30後半だったからというのも大きいのかもしれないけど。これで結婚していたり、もうちょっと若かったら、ショックだったかもしれない。あくまで自分の場合なので、同じ境遇でショックを受ける人ももちろんいると思う。そうだ、卵子が劣化するというNHKの特集を本で読んだ時、ショックを受けたことがある。思い出した。そう、あの時はショックを受けたんだよ。じゃあ、その時は子どもが欲しかったのかもしれない。もうわかんない。自分でも気が付かないどこかの時点でどうせ結婚も出産もできないからもういいと、開き直ったのかもしれない。それならそれでいい。

三連休だからか、図書館が先週より混んでいた。今日もおなかが空いたから帰ったけど、コロナじゃなくてどこかで軽く食べることができたら、1日中いられるのに。でも、コロナじゃなかったらもっと人がいて席が空いていないかもしれない。街中のローソンに行ったら、低糖質のカスタードパイが3つも置いてあった。ラッキー。2個買った。低糖質のチョコレートパイもあったけど、昨日買って食べて、カスタードの方が好みだった。