2020.11.23

秘密の森シーズン2を順調に見進めている。感想にはネタバレがあります。

ソ・ドンジェが行方不明になって、心配している様子のないファン・シモクに先輩が心配じゃないんだなっていうんだけど、それに対してシモクは心配ってどういう状態になるんでしょうと問い、先輩を思いっきり困惑させる。が、その直後、ハン刑事から犯人からメッセージが届いたという電話を受けると、血相を変えて飛び出してく。シモク、それ、それが心配。シモクは自分が思っている以上に心配している。ハン刑事が、同僚を2人も亡くすなんてそうそうあることじゃない、きっと無事だと言ってシモクを励ます。前作であの人がまさか亡くなるなんてって驚いたのを思い出した。

今作は、警察と検察の捜査権争いを軸に、警察、検察の対立とそれぞれの組織での問題、ハンジョグループも絡んできて、複雑だけどおもしろい。イ・ヨンジェも引き続き出てきてる。前作で出てきたとき、ただならぬ不穏な雰囲気をまとって出てきたので、活躍を楽しみにしている。ちなみに、日本でリメイクするなら、ぜひ不穏俳優である筒井真理子さんに演じてほしい。

今作から登場の、チェ・ビッ団長とウ・テハ部長は対立しているうえに、実はある事件でつながっていたという展開が、いい。ちなみに、今の私の髪型が団長と似ているので、喜んでいる。この2人が密談しているときの団長の服装、おしゃれ。私が着たらパジャマにしか見えなさそうなデザインをなんだけど。あと、ハン刑事のぶかっとした洋服も素敵。議員に渡した封筒のことを聞きに来たシモクと会ったときに着ていた長めのコートがかわいかった。あと、ハン刑事引っ越したんだね。前の家のデザイン好きだったんだけどね。韓国の地理に詳しくないからわかんないけど、勤務地変わったからかな?つらい思い出もあるしね。

ソ・ドンジェのところにいる事務方の男性、どこかで見たことあるなと思ったら、愛の不時着の保険の人だった。前作でシモクのところにいた係長と女性が好きだったんだけど、また出てきてくれないかな。

2020.11.22

何もしていないのに肩甲骨あたりが痛む。ついにあの問題に挑む時が来た。一人で背中にサロンパスを貼るのだ。

20代のころだったか、テレビで100円ショップの便利グッズを紹介する番組を見ていた。その中で背中に一人でサロンパスを貼れるグッズが紹介されていた。それを見ていた芸能人が、これは必要だ、本当に一人で背中にサロンパスを貼るのは難しい、これは本当に便利だと絶賛していた。その時は、ふーんと興味もなかったが、いざ、その時が来てわかった。一人で背中にサロンパスを貼るのは難しい。

一枚目は失敗した。腕を下から回して貼ろうとしたら、上の部分が折れて、接着面同士がくっついてしまった。サロンパスは一度くっつくとはがせない。皮膚にぴったり貼りついてはがれないのは長所だと思うが、ここでは欠点となってしまった。反省を生かし、2枚目は上からいった。鏡を見ると左右逆なのでかえってどっちに動かせばより患部に近づくかわからない。逆に離れていくから、反対に動かせばいいとわかっているが、鏡を見ていると腕が言うことをきかない。なので、鏡を見て場所を確認した後は鏡を見ずに貼った。結果、少したるんだが、なんとか貼れた。

中年の階段を一歩のぼった気がする。なんだか、一人でも生きていかれそうな気がする。年を取ると、疲れやすいし、体力はなくなるし、それでできないことが増えていく気がしていたが、中年になったからこそ、私はこれができるんだと発見することもできるんだと、2枚のサロンパスが教えてくれた。

2020.11.21

ブログを何人が見に来たかとう数字を見ている。だいたい1,2人で、多い日でも10人弱というのが2回くらいあっただけで、だから、なぜか1日30人以上見に来ている日があったときは驚いた。増やそうと思うこともないんだけど、やっぱり読んでくれている人がいると思うと、嬉しい。

そもそもこのブログをはじめたのは、友達に見られたくないから。以前は映画の感想中心のブログをやってて、SNSもやっているんだけど、ストレスで見え方に違和感がとか、将来が不安とか、ぐちとか書けなかった。友達はみんな優しいから、心配したり、励ましてくれると思うんだけど、性格悪いこと言うけど、そういうのがいらなかった。誰かに分かってほしいと思いながら、私の悩みは誰にもわかるわけないと思っていた。わかられてたまるかぐらいに思っていた。見栄っ張りで自意識が過剰だから、自分の弱いところなんて人に見せられない。人に悩みを相談するのが下手で、悩みの核心に触れないように話したり、一般論にすり替えたり、そんなには気にしてないんだけどねってスタンスで話そうとする。だから伝わらない。

なのでこのブログは、旅先とかどっかでたまたま居合わせて、もう絶対に会わないだろう人に話す感覚で書いている。もちろん、こんなに長くは話さないけど。そういう人だから話せる心境ってある。

数年前、ダイアローグインザダークに参加した。暗闇の中、杖を持って歩く。途中、ブランコがあって順番に乗ったり、道が細くなっていて譲り合って進んだり、カフェスペースがあって、コーヒーやお酒を飲む休憩の時間もある。目が見える状態だったら、例えば道が細くなっていても見ればわかるし、なんとなく1列になって進むけど、まず先頭を行くガイドから「道が細くなってます」って呼びかけがあって、先頭近くにいる参加者が「〇〇(その人の名前)が渡ります」と、いっぺんに人が渡らないように声を掛け合って進んでいく。その声を頼りに、自分が細いに道に近づいているのが分かる。休憩所でのメニューも、ガイドが読み上げてくれるんだけど、みんな覚えきれなくて何度か読んでもらったり、メニューを確認したり、普段いかに見えることに頼っているかを実感した。その途中、一旦座って休みましょうという場面があった。ガイドが近くに座っている人とペアを組んで感想言ってみてくださいって言い、声を掛け合ったり、手で周りを探ってみたりして、ペアを組んだ。私のペアを加藤さんとしよう。加藤さんは声の感じから同じ年くらいの女性で、ブランコが面白かったとか、感想を言い合っていた。ふと、話の途切れた瞬間があって、そしらた加藤さんが「私、もうすぐ目が見えなくなるんです」と言った。確か、病気で今も見えずらくて、特に片目はほぼ見えなくて、もうすぐ両目が見えなくなると言っていた。見えなくなったらどうなるのかなって知りたくて、今回来たんです。来る前は怖かったけど、今は来てよかったって思ってますって言った。確か。突然のことで私は何も言えなくて、何か言わなきゃと思ったら、ガイドが「じゃあ、休憩終わりです。行きましょう」って言って、お互いにお礼を言って、先に進んだ。

ここに悩みとか愚痴とか書きながら、私はよくこのことを思い出す。もちろん、加藤さんとはその後会っていない。終わった後に明るいロビーでアンケートを書いたけど、参加者が女性ばかりでどの人が加藤さんか分からなかった。だから、加藤さんがどんな思いで私に話をして、話してみてどう感じたかは分からない。ただ、私はここに書くことで、誰が読んでいなくても、救われている。

2020.11.20

来年の手帳が店頭に並ぶと、買う気はないのについつい見てしまう。手帳はここ数年同じメーカーのを使っている。スケジュールを書くのは週単位のバーチカル。このタイプはここ最近あまり見かけなくなった。10年くらいこのタイプを使っている。きっかけは、仕事もプライベートもダブルブッキングをするということをしてしまったから。手帳に書いたり、携帯に入れたり、メモ帳に書いたり、ばらばらに管理していたつけだ。色々調べて、佐々木かをりさんという人の本を読んだ。この本で面白かったのは、何かをするときにそれについて考える時間もあらかじめスケジュールに書くことだった。佐々木さんはある日、週末になったら映画に行こうと日にちを決めたが、当日になってなんの映画を見るか決めていなくて見られなかったという経験から、週末に見る映画を決める時間を、スケジュールの中に書き込むようになったという。これは即真似をした。

日記用には5年くらい前からコクヨのキャンパスノートダイアリーを使っている。コクヨだけあって、紙質がいい。見開きの左ページが週に分かれていて、右がノートになっている。それ以前は1日1ページの手帳を使っていたが、1ページが埋まる日もあれば、1日数行で終わる日もあって、そんな日は空白が埋められないのが嫌でやめてしまった。このタイプだと、週の欄に数行書き、もっと書きたい日は右ページにかけるのでなかなかよかった。過去形なのは、このブログをはじめてから日記を書かなくなったから。日記も毎日書いていたわけではないが、ブログ毎日書いてたら必要ないかもと思うようになった。なのでまだ買っていないのだけど、どうしよう。ちなみに記事のタイトルが日付なのは日記だからではなく、タイトルを決めるのが苦手だからだ。学生時代、作文はタイトルが決められないので書き終わってからつけていたが、何度か書き忘れて提出したことがある。今はLINEとかだとタイトルなくていいが、プライベートでメールを打つ時はタイトルは省いていた。そもそもプライベートのメールにタイトルいらない。

スケジュール管理用の手帳の、年間予定表が書けるページに、読んだ本、見た映画、見たDVD,見たドラマの記録を残している。それを見ながら、その年の映画ベストテンを決めるのが年末の楽しみだ。今年はコロナの影響で映画の欄が埋まっていない。その分本の欄が埋まっている。そういえば、映画のベストテンはできるけど、本のベストテンを決めるのはできないかもしれない。やったことないけど、難しそう。ドラマはできそう。

会社では小さいメモ帳を、業者からもらって使ってたんだけど、2年くらい前にいっさいこなくなった。その前からカレンダーとかも減ってて、特に卓上カレンダーがなくなって、私はとある業者の卓上カレンダーを毎年使ってたら、それを見た担当者が直接くれるようになったんだけど、5冊くらいくれていたのが3冊2冊に減り、担当が変わると同時にこなくなった。作らなくなったんだろう。これからはますます減るんだろうな。

2020.11.19

クイーンズ・ギャンビットが全何話で、自分が今何話を見ているのか把握しないまま見ていたら、先日感想書いたときに見ていた回が最終回だった。あっという間に見終わってしまった。感想にはねたばれがあります。

ロシアでボロコフとの決勝に臨むベス。ボロコフとの対決は3回目。2回目のパリはボロボロだった。ベニーの友達に誘われて、ついお酒を飲みに行ってしまう。モデルの子は、嫉妬からわざとこのタイミングで誘ったと思うんだけど、ベスも不安をごまかすためにお酒に手を出してしまう。二日酔いで試合に集中しきれないベス。彼女を見るボロコフの視線は、ベスには相当痛かったと思う。帰国してからますます酒に依存するようになるベス。家を譲ると言った養父が突然、そんなこと言ってない家は売るって言ってきて、はあ、なにこいつって感じだったんだけど、ベスは言い値で家を買うことにする。これでお金がなくなったことがさらにベスを追い詰めていく。養父とアルマは結婚生活が上手くいっていなくて、アルマが養子をほしがったことからベスを引き取る。でも、改善しなくて、養父はアルマから、家庭から逃げる。アルマは酒を飲んでテレビを観ているだけの一見すると無気力な生活を送るが、実はピアノの才能がある。人前では緊張して弾けないからその道は諦めたというが、ベスの試合で滞在したホテルのラウンジで腕前を披露し、拍手ももらう。ベスの実母も、たぶん数学の才能があるように書かれている。アルマは家庭に入ることで才能が抑圧され、ベスの実母は誰からも助けてもらえずベスと心中を図った。酒におぼれていくベスを救ったのは、それまでのベスが出会った人たちだった。チェスを教えてくれた用務員のシャイベルは、ベスの記事を集め、大会に出るのにお金を貸してほしいという手紙まで保管していた。ニュースで活躍を見ていたというジョリーンは、ロースクールへ通うために貯めていた費用を、ロシアへの遠征費として貸してくれる。そして、勝敗が付かず翌日に持ち越されたボロコフとの決勝を前にしたベスの元に、1本の電話がかかってくる。その先に待っていたのは胸の熱くなる展開。かつてベニーは、ロシアの強さを、チームで戦っているからと語った。数名で試合を振り返り、分析をしている。それが試合に還元される。アメリカは個人主義だからそれがないと言っていたベニーの元に、ハリーやマイクにマックが集まり、ベスとボロコフのそれまでの試合を分析しているのだ。ハリー、最初に出てきたときはすぐに消えるキャラだと思っていたのに(ごめんね)、いいやつだなー。

ベスの衣装も見どころの一つだった。全部かわいい。ベスの洋服へのこだわりは、施設の服を着ている自分を笑った同級生への、劣等感が忘れられないのかなと思った。その時の同級生と再会する場面が2回出てくる。1回目はベスがチェスの大会で優勝して地元でも有名になった頃。同級生は卒業と同時に結婚して、子どももいる。その時ベスは、世界の大会には男性もたくさんいると言って、同級生を困惑させる。これは、彼女の家で行われたパーティーに招かれたとき、大会には男の子もたくさんいるんでしょ、って話を振られてうまく答えられないうえに、テレビから流れる曲に合わせて歌いリズムをとる女の子たちについていけなかったことを、ベスは忘れていないんだなってことが分かる。帰りにその家から酒を盗んで飲んじゃうしね。2回目は、酒におぼれている時。同級生も同じ酒屋の袋をも持っているのが写される。たしか、最初の再会の時も、赤ちゃんを載せカートの下に、同じ袋が映っていたように思う。ここでも女性の生きづらさが表現されているように思った。

ベスの洋服を、メディアは「華やかすぎる」と表現する。まあ、批判でしょうね。当時のチェス界は男性ばかりで、メディアでベスが取り上げられても、性別のことばかりに触れられ、試合で勝っても、相手が女性で勝手がつかめなかったんでしょうみたいに言われてしまう。

ラスト、ボロコフに勝ち優勝したベス。翌日、空港へ向かう途中で車を降り、歩きたい気分だと言って、外でチェスが行われている広場に向かう。そこは、沢山の机といすが並べられ、自由にチェスができるようになっている。大会も試合が進むにつれ、ベスを出待ちする人が増えて、決勝の時には会場の外に人があふれラジオからの実況に耳を傾けている。寒いだろうにみんな熱心。ロシアでのチェスの人気の高さをうかがわせる。「完全なるチェックメイト」という、実在したチェスプレイヤー、ボビー・フィッシャーをモデルとした映画がある。この映画は冷戦期を舞台としていて、チェスの絶対王者として君臨していたソ連に対して、アメリカのボビーが試合を挑む。冷戦期だから、両者の肩にはチェスの試合以上のものが背負わされている。国対国として見られる。この映画を思い出して、同じ冷戦期が舞台だから、ベスへのプレッシャーは相当だろうなと予想した。予想外だったのが、ベスがロシアで応援されて、勝ち進むにつれファンが増えていく様子だ。国の威信をかけた戦いと見るのは、チェスファンより政府の方で、アメリカから監視役がついてきてる。金は出し渋るくせに、口だけは出してくる。この監視役にかまわず、車を降りるベスは、全身真っ白。頭の上のベレー帽も真っ白。まるで、チェスのクイーンの駒のよう。そして、チェスの試合を始めるのは白の駒から。抑圧も孤独もプレッシャーもあるけど、チェスプレイヤーとして生きていくというベスの宣言のようにも受け取れ、いいラストだった。

エノーラ・ホームズの冒険は、連ドラではなくて単発だった。さわやかな青春もの。エノーラが第四の壁を突破してくるつくりで、こちらへの語りがナレーションの役割も果たしていて、個人的には見やすかった。シリーズ化されらたいいね。

続いて、秘密の森第2シーズンへ。お久しぶりのファン・シモクは、とある事故が気になるあまり自分の送別会をドタキャンし、相変わらずぶりを発揮。きっと昼食会も出てないはず。ハン刑事は現場から離れちょっと不満な様子。ハン刑事の新しい上司が気になる。ところで、「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」見てた頃から思ったんだけど、韓国ドラマのコーヒーとかカフェで出てくる飲み物大きくない?秘密の森でもカフェのシーンで、カップ大きいなって思った。あれはLサイズ?みんなL頼むの?私の感覚だと、友達とカフェ行くとだいたいみんなS頼むし、一人の時もS頼むから、韓国ではLが主流なのか、それともあれはSでただ大きいだけなのか。なぞ。

2020.11.18

初めてコーヒーを飲んだのは小6のときだった。友達と、その友達のお母さんと喫茶店に行った。私の母親はコーヒーを飲まない人だったので、家ではいつもお茶。確か、友達がココアを頼んで、私もココアにしようかなと思ったけど、おばさんが頼んだコーヒーが気になってコーヒーにした記憶がある。初めてのコーヒーは苦くて飲めなかった。

働くようになってからブラックで飲めるようになった。店で頼むときは何を頼んでいいか分からないので、「本日のおすすめコーヒー」か、それがない店ならだいたい「ソフトブレンド」を頼む。よく行くお気に入りのカフェは深煎りと中煎り2種類で、飲み比べた結果、中煎りが好みだったので、それを頼んでいる。ちなみに中煎りを、「なかいり」と読むのか、「ちゅういり」と読むのか分からなくて調べたら両方とも読むって出てきた。お気に入りの店では「ちゅういり」と呼んでいるので、私は「ちゅういり」と呼ぶことにしている。

コロナで家にいる時間が増えたので、家でもコーヒーを飲むようになった。特別な道具は持ってないので、ドリップパックで飲んでいる。やかんも持ってないので、おたまでお湯を注いでいる。ある時、アソートパックを買って、自分の好みを把握しようと思った。結果、全部美味しかったのだけど、酸味の強いのはその中でも苦手だと思った。その豆の特徴なんかを調べながら飲むのもおもしろかった。

1件、お気に入りのカフェとは別に好きなカフェがあって、そこはいつ行っても空いているし、店員さんも感じがいいし、内装も好みなんだけど、唯一の欠点があって、コーヒーが美味しくない。私はそこまでこだわりがないからたいていおいしく飲めると思っていたんだけど、そこのだけはだめ。好みではない。まあ、コーヒー以外のもの頼めばいいだけなんだけど。コロナが流行ってから足が遠のいでしまったけど、またいけたらいい。

カフェでは本を読んでいる。集中できるので、本を読むためにカフェに行っているといってもいい。そういうときはたいていコーヒーを頼むので、家でもコーヒーを入れたら本を読む。本を読むならコーヒーを入れる。どっちだ。ただ、なぜか家で飲むとヘリが早い。あっという間に飲み終わってしまう。やはりカフェには、その場所が持つ時間があって、それはコーヒーだけでは再現できない時間の流れがあるんだろうと思った。よりカフェに近づけないかと、ジャズをかけてみるが、まだ遠い。

2020.11.17

ネットフリックスに3ヵ月ぶりに戻って来た。秘密の森の第2シーズンを見ようか、エノーラ・ホームズの事件簿見ようか、映画館で公開されて評判よかったシカゴ7見ようか、迷ったけど、マリエル・ヘラーが出ていると聞いたので、クイーンズ・ギャンビットを見始めた。感想にはネタバレがあります。

主人公のベスは、母親を亡くして施設に入る。なかなか施設になじめないでいる中、用務員がやっていたチェスに興味を惹かれる。ベスはチェスの才能を発揮していく。

ベスの養母アルマを演じるのがマリエル・ヘラー。この親子関係がちょっと不思議で、アルマが望んでベスを養子にしたように書かれているのに、最初はあまり関心がないように見える。ベスは施設にいたときの服と靴で学校に行って、同級生から笑われるんだけど、その服に気が付くのがベスに関心のなさそうな養父の方。夫に服を買ってやれと言われて、アルマはベスを連れてデパートに行くんだけど、買うのはバーゲンをしている、それまで着ていたのとあまり変わらない洋服で、同級生の多くが履いている靴も買ってもらえない。熱心に世話をする風はなく、だからといって大事にしていないわけではなく、ただベスはチェスの大会に出たいと強くは言えない。夫と別れてお金に困ったとき、ベスがチェスの賞金ことを口にして、アルマは学校を休ませてベスが大会に出ることに賛成する。一見、お金のためって見えて、賞金の10%を要求するんだけど、結果、この距離の取り方が2人にはよかったのかもしれないと思う。アルマはチェスのことには口出しをしない、ただ、ベスの不安を聞いて励ましてやる。アルマが亡くなった後、ベスが孤独とプレッシャーで酒におぼれていくとき、ああ、アルマがいてくれたらと思った。2人の男の子がベスを助けようとしてくれるんだけど、ベスはそれを拒絶してしまうんだよね、だから、ジョリーンの登場はめちゃめちゃ嬉しかったよ。

マリエル・ヘラーは映画監督もやっていて、今年はトム・ハンクス主演の「幸せへのまわり道」が公開された。トム・ハンクスが演じるのはフレッド・ロジャーズという実在の人物で、長年子ども番組の司会者をして、子どもたちから人気があった。私は、自分でもびっくりするくらい、この映画で泣いた。物語は、仕事でも父親との関係にも煮詰まっている新聞記者のロイドがフレッドを取材するところからはじまる。埋め草の原稿で、自分がするような仕事じゃないと思っているロイドは仕事に身が入らないが、フレッドはロイドが抱えている問題を話すよう促し、父親との関係という核心に触れる。最初は反発するロイドだが、徐々にフレッドに心を開いていく。見終わってから父親と和解する必要があったのかなとも思ったんだけど、見ている時は怖かった。フレッドは番組の中でパペットを使って子どもたちと対話をするという手法を用いるんだけど、それと同じことをロイドにもする。そのシーンが怖い。なぜ怖いかというと、どんなに強がっても、傷ついていないふりをしても、フレッドにぜーんぶ見抜かれているとそう感じて怖かった。

今年公開された「ミッドサマー」の感想で、セラピー映画だったという感想をちらほら見かけた。去年公開された「ロケットマン」でもそういう感想を目にした。私にとってはこの「幸せへのまわり道」がセラピー映画だったのかもしれない。セラピーという点から見ると、「ミッドサマー」は誰かと感情を共有すること、「ロケットマン」は誰が愛してくれなくても自分は自分を愛することができるということ、「幸せへのまわり道」はそのままの君でいいと認めてもらえること、かなと勝手に分析した。

ちなみに、映画の中でフレッドは誰に対しても公平で常に穏やかなんだけど、ラストシーンはフレッドの抱えている暗さが見えて、めちゃめちゃに怖かった。あのシーンで終わるなんて、マリエル・ヘラー、やるなって思った。