2020.11.15

松本清張原作、野村芳太郎監督の映画「疑惑」を見た。感想にはネタバレがあります。

一台の車が海に飛び込む。乗っていた女性は助かったが、男性は死亡。女は鬼塚球磨子。男は夫の福太郎。福太郎は地元では名家の白河酒造の経営者。2人は再婚で、福太郎に多額の保険金が掛けられていてことから、球磨子による保険金目当ての殺人事件として、警察は捜査を始める。地元新聞社の秋谷も球磨子の過去、ホステスをやっていて前科4犯であることを書き立て、球磨子を悪名高い毒婦として糾弾する記事を書く。球磨子が犯人に違いないという世論に傾いていく。球磨子の弁護を引き受ける弁護士はおらず、ようやく国選弁護人として民事専門の佐原律子が弁護にあたることとなる。

球磨子を桃井かおり、佐原を岩下志麻が演じている。このタイプの違う2人の女性がめちゃめちゃによい。球磨子は幼いころ養子に出され、高校も中退。その後はホステスをして、男に頼って生きてきた。感情的で、人を信用していないところがあり、今回の事件でも自分で弁護をすると刑務所に六法全書を持ち込んでいる。ちなみに、一定以上の量刑が見込まれる裁判は、弁護士がいないと裁判ができないらしい。一方の佐原は、冷静で優秀な弁護士。球磨子に対して同情も憐れみも侮蔑も示さず、仕事だからと淡々と進める。そのプロフェッショナルさがたまらない。私生活では夫の浮気で離婚、一人娘と月に1度会うことを楽しみにしている。

裁判は、球磨子有罪の流れで進む。証言者が自分に都合のいいことしか話さず、それに球磨子ががんがんきれる。裁判長もっと注意した方がいいんじゃない、検察も抗議したほうがいいんじゃないと突っ込みたくなるくらい法廷でがんがんしゃべる。球磨子は全然殊勝な態度を取らない。ふてぶてしさを隠そうともしない。その態度が裁判に悪い影響を与えているとわかっているだろうが、その態度を貫く。佐原も、法廷で勝手に発言することや、感情的になって自分に不利な証言を記録に残してしまうことは注意するが、態度そのものには触れない。ラスト、好奇の目にさらされながら列車の座席でたばこを吸う球磨子の姿で終わる。サングラスで顔を隠すこともせず、じろじろ見られても顔を上げて、煙草をふかす。でも、どこか動揺を隠しているようにも見える。球磨子のふてぶてしい態度は、周りから自分を守るために身につけた態度なんじゃないかと思った。若いころからホステスをして男に頼って生きてきた。そういう女に世間は厳しい。福太郎の実家でも、球磨子は金目当てと決めつけられ、福太郎の遺産をどうしたらあの女に残さないですむかを話しあうシーンがある。最初、球磨子の弁護は白河家のお抱え弁護士が付く予定だった。よく白河家が許したなと思ったら、案の定直前になって弁護士が辞任。これは白河家の球磨子への仕返しだと思う。そういった周囲に、動揺なんてみせない、弱っている姿なんて絶対に見せないって思いが、球磨子のあのふてぶてしさなんだと思う。

裁判は、佐原が福太郎の無理心中を立証し、球磨子は無罪となる。すべてが終わり、お祝いで佐原が球磨子の店を訪れる。乾杯したのもつかの間、球磨子はあんたが無理心中なんて言うから、保険金がもらえなくなったと佐原に文句を言う。態度を崩さない佐原に、球磨子は私はこうにしか生きられないけど、自分のことが好き、あんたは、自分が好きかと聞く。真っ白な佐原のスーツに真っ赤なワインをかけながら。佐原も自分には自分の生き方しか生きられないと、球磨子にワインをかけて席を立つ。球磨子の店に来る前、佐原は元夫の現妻から、子どもにもう会わないでほしい、自分は子供を持つつもりはない、あの子を自分の子として育てていくと告げられる。はっきりと相手に返事はしないが娘にプレゼントを渡し、佐原は去っていく。その日は月に一度の面会の日なのに娘と過ごさない。きっと、佐原はもう娘に会うつもりはないのだろう。この決断を、もちろん球磨子は知らない。佐原も絶対に言わない。この絶対に分かり合わない感じがいい。でも、互いにワインを掛け合うという行為が、一点の結びつきのように見える。法廷では向かい合うことなく同じ方向を向いて、刑務所では仕切りを隔てて会っていた二人が、弁護士と被告人ではなく、頑張って生きる一人の女として、遮るものなく向き合った。佐原はまた困ったら弁護してあげると言って店を出る。球磨子はそうするわと言う。球磨子が佐原を信じている証だと思った。

原作は未読。調べてみると原作では佐原は、佐原卓吉という男性らしい。佐原を女性にするという判断は、見事に功を奏した。ドラマ化も何度もされていて、新聞記者の秋谷が主人公になっているものもある。今回秋谷を演じた柄本明が、白河福太郎を演じているドラマもある。ちなみにこの時のドラマ版も、佐原を女性にして、常盤貴子が演じている。