2020.10.20

映画館で「スパイの妻」を見た。感想にはネタバレがあります。
1940年、神戸。主人公の聡子は、貿易商として成功した夫・優作と裕福な暮らしをしているが、そんな生活に戦争が影を落とす。聡子の幼馴染の泰治は軍で出世し、海外と仕事をする優作に目をつけ、聡子にも洋装をしていることや舶来品のウィスキーを飲んでいることをいさめる。優作と甥の文雄が仕事で満州へ行くこととなる。戦争への機運の高まりから聡子の心配は募るが、2人は無事に帰国する。しかし、帰国後の2人の様子がおかしいことに気が付いた聡子。ある女性の死をきっかけに、聡子の疑念は強まる。
ヴェネチアで銀獅子賞(監督賞)を取った作品なので期待していた。見る前は、優作が元々スパイで、そのことが聡子にばれてしまうの話かと思っていたが、実際は満州に行った優作と文雄が日本軍の所業を知り、危険を承知で国際社会になんとかして知らせようとする話だった。当時の戦争批判としての物語だが、現在への批判としても成り立っている。戦争に向かって皆が同じ方向を向いている時代。間違ったことを間違っていると声を上げることが難しい時代。そういった時代に見て見ぬふりをしなかった聡子と優作。
そして、タイトル通り、スパイの妻という一人の女性の物語。満州から共に帰国した女性の死から、聡子は優作を疑い、優作や文雄に何があったか教えてほしいと迫るが、2人が口をそろえて言うのは「君は何も知らない」だ。聡子は最初から優作の仕事や世間の動きを「何も知らない」女性として描かれている。優作にアメリカの対日貿易について話をされても、「君は何も知らない」と言われ、満州や上海の状況も知らない。そんな聡子が、日本軍の所業を知ってしまう。優作に守られ、知らなくても成り立っていた聡子の世界。しかし、知ってしまったらもう戻れない。優作が何を抱えているのかを知った聡子は、文雄を泰治に売り、優作を守るという行動に出る。優作と秘密を共有している、自分にも何かができるとわかってからの聡子が生き生きとしていく。それまではいいところの奥様という雰囲気だった聡子。大人しいというわけではないが、あまり意思の感じられない女性だった。それが、すごい変わりよう。夫を守る、夫と共に義憤を果たすという役割を手に入れ、意思を持って動き始める。アメリカに渡るのに現金は大量に持ち出せないから、宝石や貴金属に変えるって作戦を取るんだけど、その時、聡子は腕時計をはめ、「腕時計をするなんて、職業婦人みたい」とはしゃぐ。この時代、職業婦人という言葉があるくらいだから、働く女性は特別なものだったのだろう。聡子は幸せそうだったけど、もしかしたら違う生き方もしてみたかったのかなと、そういう選択肢があればしてみたかったのかなと、このシーンを見て思ってしまった。
そして、映画としての画が素晴らしかった。おみごと!