2022.3.8

ロシアへの経済制裁って、戦争やりたがっている当人たちには影響がなくて、ロシアに住んでいる一般市民が苦しむだけな気がする。難民となったウクライナ人に対して、真っ先に海外に逃げられる人たちは優秀な人材だから助けるべきという言葉を目にして、落ち込んでいる。人を助けるか助けないかを、その人が優秀かどうか役に立つかどうかで測られたら、自分は助けてもらえない。こんな時にも自分のことしか考えられない自分が嫌になる。戦争やコロナで大変な思いをしている人たちがいるのに、自分のことばっかり。まずいな、戦争の映像は避けて、情報はラジオからとるようにしているんだけど、ここ数日不安が増幅されている感じはある。自分の不安と、戦争やコロナへの不安は、分けて悩もう。

「ミステリーと言う勿れ」最初は耳についた音楽も、慣れてきたのかあんまり気にならなくなってきた。橘高のやったことに対して、整は犯人が憎いというんだけどさ、初回で刑事に対してあんだけ言いたい放題だったのに、橘高には甘くないか。まあ、あの時は自分に罪を着せられそうになったからというのもあるのか。やっぱりミスは気が付いたときにさっさと言ってしまったほうがいいね。橘高は自分のプライドを守って、ミスを認められない。そして、自分の置かれている状況、仕事が頭打ちで親の介護が大変なことも受け入れられない。自分の大変さを、仕事がうまくいっていて美人の彼女もいる天達への嫉妬にすり替えて、勝手な犯行に及んだ。人生がなにもかも思い通りにいかないから、自分がコントロールできることが欲しかったのかもしれない。橘高、人生こんなはずじゃなかったよね、仕事はうまくいってたはずで、悩みを聞いてくれるパートナーもいたはずで、でも、人生はこんなはずなんだ。今、目の前にある現実が自分の人生なんだ。はい、自分に言い聞かせてます。橘高の醜い嫉妬が、自分を守ろうとする情けなさに身に覚えがあって、でも当然、彼のしたことは許せない。犯人に被害者の連絡先を教えていたと知って「最悪」と言葉に出てしまった。整の洞察力、推理力で話しが進むのはわかるけど、あまりに優秀すぎてちょっと白けてきた。整が優秀すぎる分、風呂光が割を食ってないか。原作は未読なんだけど、原作には風呂光が整に恋愛感情を抱く描写はないらしい。ないもの無理に入れなくていいよ。全然うまく作用していないじゃん。

「ライブ」はジョンオたちが所属する地区隊とは関係のない、カン警部が撃たれて亡くなってしまう。警察の仕事の危険さを描いてきたから、これもその危険さを書きたかったんだろうけど、カン警部がそのためだけに出てきたみたいな都合のいい使われ方なのが気になる。がんになっても、カン警部は再発で、地区隊長はステージ1、関係者を怪我させても、地区隊員の場合は相手の詐称で、ミンの場合は焼身自殺を図るまで追い込まれてしまう。身内と外を作って、身内を守っているように見えてしまう。そういえば、この犯人も人生がうまくいかなくて犯行に及んだんだ。人生がうまくいくってなんだろう。思い通りに行かなくて当たり前と思っているのに、思い通りに行かないことに嘆いている。それは、思い通りに行っていそうな人と比べているからかな。橘高が天達の人生に嫉妬したように。仮に天達の人生が思い通りにいっていても、それは橘高の人生には何の関係もないんだけどね。分かってるんだけどねー