2024.4.5

ジェラシーくるみさんの「私たちのままならない幸せ」という本が面白そう。ただ、図書館にはなし。発売されたばかりだからこれからか、でも最近図書館の新刊所蔵が減っている気がするので、入るかな。同じ著者の「そろそろいい歳というけれど」が読み放題に入っているので、こちらを読んでみる。ただ前者が幅広い年齢の女性にインタビューしているのに対して、後者はアラサーなので、前者の方が読みたい。こういうとき読みたいほうをぱっと買って読めればいいんだけど、とりあえず図書館待ち。読み放題に「紫式部日記」もあったからダウンロード。

「誰でもない」読み終わる。短編集はあまり好きじゃないと前にも書いたけど、この短編集はよかった。前に日本と韓国だと短編集の編み方?編集の仕方?が違うと何かで読んだことがあるんだけど、多分斎藤真理子さん。私の韓国文学の知識は、たいてい斎藤真理子さんから。「誰でもない」は、貧困や喪失といったテーマが通底している。一番印象に残ったのは、「誰か」という作品。アパートで独り暮らしをしている女性、ある日上の階の女性が、自分の上の階の住人からけんかの音がうるさいと苦情があったがうちじゃないので、どこの住人か探している、おたくじゃないかと、言ってくる。私ではないと答えると、その女性は、うちは子ども2人と犬とも暮らしているがうるさくなんかしていないと言って立ち去る。主人公の女性は、このアパートは静かなので、犬がいるなんて思ってもいなかった。女性がここへの引っ越しを決めたのは静かだから。以前住んでいたところはうるさくて、家賃は高くなったら静かなところへ越した。上の階の女性が来て少し経った頃、主人公の女性の会社で、近くの席に座っている契約社員の女性が契約を切られた。次は自分かもしれないと怯える主人公は、崖のぎりぎりに立つ夢を見るようになる。そして同じ頃、今まで静かだった上の階から音が聞こえるようになる。ある日、騒音に耐えられなくなった主人公は上の階に注意しに行く。騒音は、ここの家賃も高いと感じるようになってしまった彼女の不安定な雇用状況と、それに対する不安なのかなと思った。他人事じゃない。誰からも期待されないのは楽だけど、どうして虚しさを感じてしまうのだろう。でも、期待されても応えられる自信がないし、責任のある仕事を自分にできるとは思えないんだよね。そのことも情けないんだけど、一番情けないのが、自分がどうしたいか分からないこと。これが本当に堪える。恥ずかしい話、人から褒められたいし認められたいけど、そのための努力はできないんだよね。だから諦めてはいるつもりなんだけど、まだどこかで期待しているのか。言われた仕事だけやって、それだけで満足できる性格だったらよかったんだけど。いや、言われた仕事がそもそも少なかったりブルシットだったりするから不満があるのであって、言われた仕事がそれなりにあるなら、文句は言わない。かも。しれない。

「そろそろいい歳というけれど」を早速読み始める。私が婚活しているときにはなかった、マッチングアプリ虎の巻が面白い。なかったというか、ここまで市民権を得ていなかったというか、なぜかフェイスブックの出会い系(と当時は呼んでいた)がいいという噂があり、私の周りでは1人が結婚、1人が彼氏ができた。読んでて思うのは、「自分がほしいものを分かっている人は強い。」、大河の倫子見てても思った。そりゃ、中年の今まで欲しいものが分からないと言っている自分は、結婚なんかできなかったはずだ。でも、結婚願望がないと分かったから、距離を取って読める。この本のお客様じゃないかもと思ったけど、逆にお客様じゃないからこそ気軽に読めていいかもしれない。

だましだましやるって悪いことではないよね。いや、取り返しのつかないことになるから、いいことではないか。あーもう手遅れなんだけど、なんとかならないかなああ。でもさ、自分がほしいものが分かっていることと、それのために努力できることと、それが叶うかどうかは別。バリキャリになりたかったあの頃、いや、バリキャリじゃないな、キャリアがほしかったあの頃だな、バリは無理。あの頃というか、今も欲しいけど。欲しいの?「なぜ男女の賃金に格差があるのか」読んでた頃も書いたけど、高学歴高収入憧れのキャリアがほしいわけじゃなくて、この先も女一人が生活していくために必要なキャリアがほしい。運慶にも願ったけど、これからも一人で生活していくために、キャリア?やりがい?信用?ブルシットじゃない仕事?がほしい?わかんなくなってきた。考えちゃうんだよね、これがほしいと思っても、もう年だし無理とか、自分にできる訳がないとか、手遅れとか。